看護師のシフト作成をAIで数秒に——33名の勤務表を自動化した中堅医療法人の進め方
「今月のシフト、また師長が土日を潰して作ってるんです」——ある中堅医療法人の事務長からそう聞いたのは、病棟の勤務表を見せてもらった打合せの席でした。看護師33名分の夜勤・日勤・希望休を1人で調整する負担は、想像以上に重いものでした。この記事では、その勤務表作成をAIでどう仕組み化したか、成果とつまずきの両方を交えてお伝えします。
- 01師長がノートPCと向き合う土曜日の午後
- 02看護師の勤務表がなぜ「1人の頭の中」に閉じるのか
- 03既製のシフト作成AIを検討して見えてきた限界
- 04シフトだけを解いても現場は変わらないという判断
- 05FDEが現場に入り、ルールを聞き出すところから始まった
- 0633名×1か月分の勤務表が数秒で組み上がるようになるまで
- 07導入初期のつまずきを正直に書く
- 08「守れる設計」としての勤務データの扱い
- 09運用を引き継ぐところまでを見据えた内製化の設計
- 10費用の考え方——月額課金か、まとまった投資か
- 11似た属人化リスクは、業種を超えて起きている
- 12SaaS導入かオーダーメイド開発か、判断の分かれ目
- 13現場に残った変化と、まだ残る課題
- 14病棟が増えても仕組みは使えるのか
- 15よくある質問
- 16まず試すなら
- 17参考リンク
師長がノートPCと向き合う土曜日の午後
打合せの前に見せてもらった勤務表は、Excelのセルが色分けだけで埋め尽くされていました。黄色が夜勤、水色が希望休、赤字が「要調整」。師長は毎月、この色分けとにらめっこしながら、33名分のシフトを1人で組んでいました。
正直に申し上げると、私たちも最初は「シフト作成ツールを入れれば済む話ではないか」と考えていました。市場には勤務表作成に特化したSaaS(自社サーバーを持たず、複数の会社が共通の機能を使う既製のクラウドサービス)がいくつも存在します。しかし話を聞くほどに、問題はシフトの組み方そのものではないと分かってきました。もっと手前に、原因がありました。
看護師の勤務表がなぜ「1人の頭の中」に閉じるのか
勤務表作成が難しいのは、守るべき制約が同時に何層も重なるからです。夜勤回数の公平な配分、希望休の消化、夜勤時間の上限管理、そしてスキルや経験年数に応じた配置基準。これらを同時に満たす組み合わせは、人手で計算するには複雑すぎます。
厚生労働省が示す入院基本料の要件では、看護職員の月平均夜勤時間は72時間以内と定められています。この72時間ルールは、厚生労働省の資料にも明記されています。つまり担当者は、個人の希望を聞くだけでは足りません。病棟全体でこの上限を常に逆算しながら配置を決める必要があるということです。この法人でも、師長は頭の中でこの上限を計算しながらシフトを組んでいました。
こうした制約の多くは、師長の記憶と経験則の中にだけ存在していました。「Aさんは持病があるので連続夜勤は3日まで」「Bさんは今月出産予定なので配置を軽めに」。こうした個別事情は、Excelのどこにも記録されていません。属人化リスクは、複数の製造業の現場でも共通して挙がる課題です。しかし看護の現場では、それが「人の健康と患者の安全」に直結する分だけ、放置できない重さを持っていました。

既製のシフト作成AIを検討して見えてきた限界
市場のシフト作成SaaSを実際に比較検討しました。多くは夜勤ルールや希望休を考慮した自動割り当て機能を持ち、単体の機能としては優秀です。看護師の勤務表作成ツールを紹介する記事でも、複数の専用ツールが夜勤バランスの最適化を支援していると紹介されています。これは私たちの見立てとも一致しています。シフトを組む作業そのものをAIに任せる技術は、すでに十分実用段階にあるということです。
ただし、これらはあくまで「シフト表を作る」ことに特化した単機能のツールでした。この法人の課題は、シフトだけではありませんでした。勤怠の記録、希望休や残業承認の申請フロー、スキル評価、そして給与計算。それぞれが別の担当者、別のExcelファイルで管理されていたのです。シフトSaaSを1つ導入しても、勤怠システムとの連携や給与計算への反映は、結局は人手での転記が残ります。
私たちの現場経験では、この「1つの機能だけを解決するSaaSを積み重ねる」進め方は、かえって業務を複雑にするケースが少なくありません。ツールが増えるほど、それぞれの間を人間が埋める作業が増えるためです。ここは意見が分かれるところですが、私たちは「シフト・勤怠・承認・評価・給与を1つのデータモデルでつなぐ」ことを優先しました。
シフトだけを解いても現場は変わらないという判断
Excelをそのままシステム化するだけでは現場は回らない、という声は他の業種の現場でも繰り返し聞いてきました。ある化粧品メーカーの生産計画担当者も「完璧なものにしようとすればするほど無理が生じる」と語っていました。これは看護部の勤務表にも当てはまります。
私たちが設計したのは、シフト・勤怠・希望休や残業の承認・スキル評価・給与を1つの業務システムにまとめる形でした。既製のSaaSに業務を合わせるのではありません。この法人の運用ルールに合わせてシステムを組み立てる。AI-Pathが一貫して取っているオーダーメイドの考え方を、そのまま病棟運営に適用した形です。関連記事: FDEとは何かでも触れていますが、私たちはSaaS導入そのものを否定しているわけではありません。業務の重なりが多い現場では、単機能の積み上げよりも一体設計が効くという判断です。
FDEが現場に入り、ルールを聞き出すところから始まった
設計の起点は、師長への複数回のヒアリングでした。私たちがFDE(フォワードデプロイドエンジニア:顧客の現場に入り込み、聞き取りから開発までを一貫して担うエンジニア)として現場に入り込みました。「なぜこの配置になっているのか」「例外はどんなときに発生するか」を1つずつ聞き出していきました。
このプロセスで分かったのは、暗黙の運用ルールがExcelには一切書かれていないという事実でした。夜勤の連続日数上限、月平均72時間という夜勤時間のライン、経験年数に応じた新人への配置制限。これらはすべて師長の頭の中にあり、口頭でしか継承されていませんでした。
ヒアリングの内容は、その場でプロトタイプに反映しました。1日で動くものを作って持っていき、それを見た師長が「ここが違う」と直す。このやり取りを重ねることで、口頭ルールを少しずつシステムの制約条件に変換していきました。正直に申し上げると、最初に作ったプロトタイプは師長の実感と半分近くずれていました。現場のルールは、聞いた時点では分かった気になります。しかし実際に動くものを見せて初めて「思っていたのと違う」という反応が返ってくるものです。

33名×1か月分の勤務表が数秒で組み上がるようになるまで
制約条件が仕組みとして整理された結果、33名分・1か月分の勤務表を数秒で自動生成できるようになりました。師長はまず自動生成されたたたき台を確認します。個別の事情がある数名分だけを手直しする役割に変わりました。
以前は土日を含めて数日がかりだった作業が、確認と微調整だけの作業に置き換わりました。ここで強調しておきたいのは、AIが「完璧なシフトを一発で出す」わけではないという点です。私たちの現場経験では、AIが出すのはあくまで8割方できた叩き台です。残りの2割、つまり個人の事情や急な体調変化への配慮は、師長の判断に委ねる設計にしています。AIは壁打ち相手であり、最終判断は人間が担う。この役割分担は、他の業種の現場と同様にここでも変わりませんでした。
導入初期のつまずきを正直に書く
ここまで成果を中心に書いてきましたが、導入初期は決して順調ではありませんでした。想定外だったのは、自動生成されたシフトに対する現場の反応です。「理由が分からないと受け入れられない」という声が上がりました。AIが出したシフトの根拠、たとえばなぜこの人がこの日に夜勤なのかを画面上で確認できるようにするまで、現場からの信頼はなかなか得られませんでした。
また、急な欠勤や体調不良による当日変更への対応も、初期は苦戦した点です。自動生成はあくまで「事前に組む」ことに強みがあります。当日の突発的な変更は、依然として人が判断してシステムに反映する運用としました。誤解のないように申し上げると、これはシステムの不備ではありません。医療現場において当日判断を完全に自動化すべきではないという、私たちの考え方によるものです。
「守れる設計」としての勤務データの扱い
看護師の勤務データには、体調や家庭状況といった機微な個人情報が含まれます。この法人では、閲覧権限を役職単位で細かく分離しました。誰がいつどのデータを見たかを履歴として残す設計にもしています。
これは単なる機能要件ではありません。AI-Pathが自社のシステムでも徹底している「守れる設計」の考え方を、そのまま反映したものです。関連記事: ソブリンAIとは何かで触れているとおり、データを一元化すると同時に、誰でも何でも見られる状態にはしません。むしろ一元化するからこそ、権限管理と履歴管理を厳格にする必要があると考えています。製造業の工場データと同じように、勤務データも「守れる設計」でなければ現場は安心して使えないのです。
運用を引き継ぐところまでを見据えた内製化の設計
私たちがどの案件でも大切にしているのは、作って終わりにしないことです。この法人でも、システムが動き始めた段階で師長と事務長向けの操作勉強会を開き、日々の微調整を自分たちで完結できるようにしました。
マニュアルを渡すだけでは、現場は使いこなせません。私たちの現場経験では、勉強会の場で実際にその場でシフトを組んでもらい、つまずいた箇所をその都度直していく方が定着が早いと感じています。今では、私たちが毎回介入しなくても、月々の勤務表は院内のスタッフだけで回っています。技術顧問として月次で相談を受ける体制は残していますが、日常運用は完全に手離れした状態です。
これはAI-Pathが掲げる「導入ではなく定着化」という方針そのものです。報告書を渡して終わるのではなく、現場が毎朝、あるいは毎月開くシステムとして根付くところまでを成果とみなしています。
費用の考え方——月額課金か、まとまった投資か
既製のシフト作成SaaSは、月額課金で始められる手軽さが魅力です。初期費用を抑えたい法人にとって、この選択は理にかなっています。一方、私たちが提案したオーダーメイド開発は、MVP(実際に動く最小限の仕組み)を作るまでにまとまった投資が必要になります。その後は月額の技術顧問契約に移行し、運用しながら細部を詰めていく形を取りました。
正直に申し上げると、初期投資だけを比べれば、既製SaaSの方が安く見えます。ただし、この法人ではシフト・勤怠・承認・給与を別々のツールで運用していた分、毎月の転記作業に相応の人件費がかかっていました。私たちの現場経験では、この「見えないコスト」を含めて比較して初めて、どちらが自院に合うかを判断できます。目先の月額料金だけでなく、転記や二重確認にかかっている時間まで棚卸しすることをお勧めします。
似た属人化リスクは、業種を超えて起きている
看護部だけの話ではありません。複数の製造業の現場でも「生産管理は会社ごとの違いが大きく、現場の担当者が脳内で判断していることが多すぎる」という声を聞いてきました。優秀な人材がいなくなると業務が滞る、という不安も共通しています。
私たちの現場経験では、業種が違っても属人化が起きる構造はよく似ています。ルールが文書化されず、特定の1人の頭の中にだけ蓄積されていく。その人が休んだり異動したりした瞬間に、業務が止まるリスクを抱え続けることになります。看護部の勤務表作成も、工場の生産計画も、根っこにある課題は同じです。だからこそ私たちは、システムを作る前にまず「誰の頭の中に何が蓄積されているか」を洗い出すところから始めています。
SaaS導入かオーダーメイド開発か、判断の分かれ目
ここまで読んで「うちはシフト機能だけで十分ではないか」と思った方もいるかもしれません。実際、その判断が正しいケースもあります。以下は、私たちが現場で使っている大まかな判断基準です。
| 状況 | 向いている選択肢 |
|---|---|
| シフト作成の負担だけが課題で、勤怠・給与は別システムで問題なく回っている | 既製のシフト作成SaaS |
| シフト・勤怠・承認・評価・給与がバラバラで、転記作業が発生している | 業務ごとのオーダーメイド開発 |
| 現場ごとの例外ルールが多く、SaaSの標準機能では吸収しきれない | オーダーメイド開発とFDEの伴走 |
この法人の場合、2つ目と3つ目の両方に該当していました。そのため単機能SaaSではなく、業務ごとの作り直しを選びました。すべての医療機関に同じ答えが当てはまるわけではない、という点は付け加えておきます。シフト機能だけで課題が解決するなら、既製のSaaSを選ぶ方が投資として合理的な場合も多いはずです。
現場に残った変化と、まだ残る課題
数字の変化だけでなく、現場の空気にも変化がありました。師長が土日にノートPCと向き合う時間はなくなりました。その分を病棟の巡回や新人指導に充てられるようになったと聞いています。一方で、正直に申し上げると、すべての課題が解決したわけではありません。急な人員不足が重なった月は、自動生成だけでは対応しきれず、師長の経験に頼る場面がまだ残っています。
私たちの現場経験では、こうした「AIに任せきれない部分」を最初から認めておくことが、現場の信頼を得るうえで欠かせません。万能さを演出せず、どこまでをAIに任せ、どこからを人が判断するかを最初にはっきり線引きしておくことで、導入後の失望を防げます。
事務長からは、別の変化も聞いています。以前は師長が休みの日にも携帯で勤務表の相談を受けることがあったそうですが、今はその頻度が減ったといいます。仕組みが個人の頭の外に出たことで、師長本人の休みも守られるようになった、という副次的な効果でした。
病棟が増えても仕組みは使えるのか
この法人は今のところ1病棟・33名での運用ですが、事務長からは「他の病棟にも広げられないか」という相談を受けています。私たちの現場経験では、制約条件をきちんと言語化できていれば、対象人数が増えても仕組み自体を作り直す必要はありません。病棟ごとに違う配置基準やスキル要件を、追加の制約として組み込んでいく形になります。
ただし、病棟が増えるほど、現場ごとの例外ルールも増えていきます。ここで気を抜くと、せっかく仕組み化した勤務表作成が、また別の形で属人化してしまいかねません。私たちは、病棟を拡張するたびに改めて現場ヒアリングを行い、既存のルールと矛盾しないかを確認する工程を挟むようにしています。
よくある質問
Q. 導入までにどのくらいの期間がかかりますか。 A. 私たちの経験では、まず1日で動くプロトタイプを作ります。それを叩き台に現場のルールを詰めていく進め方を取っています。全体の仕組みが安定して運用に乗るまでの期間は、対象人数や運用ルールの複雑さによって変わります。
Q. 情シス部門がなくても運用できますか。 A. 可能です。この法人にも専任の情シス担当者はおらず、師長と事務長が中心となって運用しています。日々の操作は、Excelを使える方であれば無理なく扱える画面設計にしています。
Q. 既存のシフト作成ツールから乗り換える必要がありますか。 A. 乗り換えが常に必要というわけではありません。シフト機能だけで課題が解決している場合は、既製ツールを使い続ける判断も合理的です。私たちがまず確認するのは、シフト以外の業務、つまり勤怠・承認・給与でどれだけ転記や二重管理が発生しているかという点です。
Q. 夜勤の72時間ルールのような法令上の制約は、システムでどこまで担保できますか。 A. 上限に近づいた場合に警告を出す仕組みは組み込めます。ただし最終的な判断や責任は、私たちのシステムではなく病棟の管理者が担うべきものだと考えています。システムはあくまで気づきを与える役割です。
まず試すなら
- 勤務表以外にどんな業務がExcelやノートに散らばっているかを洗い出す——シフト、勤怠、希望休、評価、給与が別々の担当者・別々のファイルで管理されていないか確認します。
- 師長や現場責任者の頭の中にしかないルールを言語化してみる——「なぜこの配置になっているか」を1つずつ書き出すだけでも、属人化リスクの所在が見えてきます。
- AI-Pathの無償の業務プロセス診断(BPR)に相談する——現状の業務フローを整理し、どこにAIが効くかをたたき台として可視化します。ご興味があれば、お気軽にお問い合わせください。
参考リンク
櫻井 文雄(さくらい ふみお) 株式会社AI-Path 代表取締役CEO
関西大学法学部法律学科卒業。財務コンサルティング会社(エフアンドエム)、外資系生保営業(Prudential)でコンサルティング営業の経験を積んだ後、起業しさまざまな企業のCTO/CMOを歴任。その後、デロイトトーマツコンサルティング(Big4)、ABEJA(AI研究開発の国内リーディングカンパニー)にて官公庁・製造業・金融業・小売業・不動産業を中心に延べ20社以上のDX推進や業務システム刷新をPM/SMとしてリード。利用者目線での現場の課題解決にフォーカスしたものづくりに拘り、導入ではなく「定着化」を目的とした伴走型のプロジェクト推進・システム導入を得意とする。2025年にAI駆動開発(VibeCoding)と出会い、より多くの人・企業に価値提供するためにAI-Pathを創業。
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